教え方にもコツがある

幼児、児童、生徒の教育をメインに、自らの学びから、成長するために本当に大切なことは何かを考察していきます。

中学生とスマホ

必要か、不必要か

「物騒だから」「塾があるから」「みんな持ってるから」様々な必要論があるとは思いますが、私は不必要だと考えます。

家庭のルールと保護者の管理監督が絶対的に必要な中学生のスマホ保持ですが、現状(少なくとも私の学校では)ほぼ行き届いてません。

メラビアンの法則では、言語による情報伝達の割合は7%だと言われています。

スタンプや絵文字があっても、誤解やすれ違いはつきものです。

言語発達がまだまだ未熟で、人間関係にも敏感な思春期だからこそ、ネットリテラシーは教え事です。

 

トラブルはあっていい

中学生における人間関係のトラブルは、発達段階において忌避しなければいけないものなのでしょうか?

現場では、それが起こらないよう未然の防止に躍起になっていますが、私は、トラブルはあってよいと考えています。

トラブルを学びに変えていくことが、教師や保護者の役割ではないでしょうか。

スマホの怖いところは、そのトラブルが潜伏してしまうことです。

気付かないうちに傷ついている子、誹謗中傷を受けている子、個人情報を晒している子がたくさんいます。そして、それを管理責任者である保護者は知りません。

ある生徒指導案件から、生徒達の SNS上のやりとりを見る機会がありました。

そこは、トラブルの火種の温床でした。

子供にとってかけがえのない青春時代に、小さな過ちはいくつあってもいいと思いますが、人生を歪めてしまうような大きな過ちや失敗を生む危険性を多分に孕んでいるのがスマホです。

 

ネットリテラシーをどう教えるか

とは言っても、この時代ですから子供は遅かれ早かれスマホを持つことになります。

やはり大切なことは、保護者の庇護のもとで正しい使い方や危険性への理解を学ばせていくことです。

しかし、共働きなどの理由でなかなか管理しきれていない状況がある以上は、やはりスマホは中学生にとって不必要と言わざるを得ません。

教師が今、考えていかなければいけないことは、不必要だと主張し、持たせないように啓発していくことよりも、不必要と言わざるを得ないこの現状をどう工夫して変えていき、子供の健全なコミュニケーションスキルの発達のためのツールの一つとしてスマホの活用をどう進めていくか、またそこにどう保護者を巻き込んでいくかということだと考えます。

 

トラブルが学びに。

スマホが正しいネットリテラシーの理解に。

そんな理想を実現するために、今私にできることは何か。

力不足ではありますが、様々な書物や事例に学び、目の前の現実に対峙しながら、考え抜きます。